ブクティ・ムクティ・バクティ

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インドではいっぱい歩くためにあまり食べていなかったせいか、
帰ってきたらジーンズがゆるくなって、食欲旺盛になっていた。

菜食を10年くらい続けているけど、おいしいものを食べるのは人一倍好き。
楽しいこと、しあわせなこと、ごろごろすること、どれも好きだ。

でも楽しいを追及することをインドでは「ブクティ」といって、
究極には一時的で、むなしいことだ。

ルパさんはすぐ私に向かって、
「クリシュナなのに、そんなこと言っていいの」という。
なぜなら、彼が知っているのは「ムクティ」、解脱を追及することだから。

仏教や禅では、ブクティを辞めて、ムクティを目指す。
でも、バクティヨーガでは、ブクティでもムクティでもなく、バクティを目指している。

さいきん女性のための本や、暮らし方の本が売れていて、
とっても素敵で役に立つアイデアがいっぱいだから
私も読んでいるけど、つい思ってしまう。

「だけど、何のため?」って。

人生を思いっきり楽しむため、とさらっと書いてあることが多いけど、
それで納得できて生きられるのはスゴイ!と私は思う。

私は人一倍不器用なせいか、
「何のため?」というのが頭と心と体でわかっていないと、
まず意欲が湧いてこない。

バクティヨーガでは、そんな素敵な暮らしを、
ただ楽しむために追及するのではなく、
また、ぜんぶ手放して山にこもるのでもなく、
「何のために」という部分を変えていく。

そこを真剣に見つめなおして、
あらゆる角度から考えて、さまざまな生き方に触れて、
自分自身のずっと奥深くまで飛び込んでいく。

表面的にはオバカでも、不器用でも、頼りなくても、
自分の内面をしっかり見つめなおすからこそ、
ブクティでもムクティでもなく、バクティという生き方になるのだと思う。

【 本日のバクタライフ ( ^-^)_旦”” o(~ー~o)イタダキ♪ 】

インドからのお土産を配って、人にものをあげる練習できた。
ルパさんのパスタをおいしくいただいて、お恵みをありがたく受け取る練習できた。

(o^o^o)あ(o^-^o)り(o^o^o) が(o^O^o)と(o^.^o)う