自我という山脈 ~Our Egoistic Mountain~

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みんなそれぞれ自分勝手に生きている。
だから自分で気づくことでしか、わがままを制御できない。
自分の道を選んで成長してきたから
今、それぞれの自我という山脈の峰にいる。
ただ自分で気づくことでしか、何も解決できない。
その気づきが訪れることが一番だが、
もし誰か尊敬できる人があるのなら
その人のところへ行って、訊いてみるのもいい。
助言を心から受け入れられれば、自我も削り取られるだろう。
他に方法があるだろうか。
人と人の良い繋がりは、必ず良い結果をもたらす。
形ばかりでなく、誰にとっても本当に「良い繋がり」でなくてはいけないが。

シュリラ B.S. ゴヴィンダ マハラジ

自分で気づくことって、大変だな~と思う。
いろんなことを経験して、いろんな人と知り合って、
自分の中のいろんな感情と向き合ってみる。
無視するのでも、流されるのでもなく、そっと見つめるだけ。
繰り返していると、だんだん人の言うことが聞けるようになってくる。

数知れない失敗を繰り返して
自分の心の欲求と、他のたくさんの心の欲求とが、
ときどき重なったり、反発したり、バラバラに思えたりするけど、
自分のでも、他人のでも、だんだん見えるようになってくる。
どの欲求を大切にしてあげたらいいのか、考える余裕が出てくる。

…何の余裕もなかった時を思い出すと、
今こそ肩の力を抜いて、会う人会う人に親切にして、楽しくありたいと思う。

けれどその余裕もなく、何かに頑なにしがみついている自分がいる。
どこかで拾い集めてきた冷たい感情に。
凍った山脈から吹きおろす風のように、心をちぢこませる。

でも私はすでに低い平地の野っぱらまで降りてきていて、
秋風を感じて身震いするだけだ。
本当の冬がめぐってくるのはまだ先で、その寒さなら知っている。
ほんとうの温かさは、とりわけ厳しい冬にしか感じられないことも。

私にとってその温かさはゴヴィンダ マハラジと、
彼が大切に護っていたインドの聖地での生活だった。
私が戻っていくのはやっぱりそこなのかなと思う。