自由に考え自分の心で感じる ~Think Outside the Box

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‘‘Everybody has some good qualities, no doubt;
and in the absolute sense, there is no sin in the jiva-soul.
Sin is a mayik form – an illusory form.’’

もちろん、誰にでもいいところがある。
個々の魂には何の罪もない。
罪というのは、(魂ではなく物質という)幻影にあるのだ。

(BS ゴヴィンダ マハラージ)

主に自分の勘だけを信じて闇雲につっぱしっている私のバクタライフ(献身生活)だけど、
ほんの微かな手ごたえに支えられている。

ここ数カ月、新たなパートナーとなった人を知るにつれて、いろんなことに気づかされてきた。

 物質がもつ価値

人が手間や愛情をかけて作ったものには、魂が宿っている。
このことは他の友人にも教えられたけど、なかなか実感としてつかめなかった。

だけど最近は自分でも「もの作り」にほんの少し関わってきたこともあって、
ものの大切さが別のアングルからわかってきた気がする。
物質というはかない幻影に託された想いや生きる姿勢、魂そのもの、
それらをもっと認められるようになりたい。

 自分とは違う考えを持つ人とのつきあい方

これまで私は(特に宗教的なことで)考え方が違う人とはつい口論になってしまったり、
あまり仲良くできず疎遠になっていたけれど、改めて考えると、
そういうことも全部ひっくるめて、自分と違う考えを持つ人がいるというのは良いことだと思えた。

確かに自分の芯がぶれてしまうようなら、ある程度の距離を置いた方がいい。
でもシュリーダル・マハラージが言っているように、バクティヨガは常に生きて成長しているもので、
異なった考え同士がぶつかり合って、新たな考えになり、
そうやってずっと進化しているもの。
神というのは生きている。

 Think outside the box; Feel with your own heart

何にも囚われず自由に考え、自分自身の心で感じる。

こんな言葉がふと浮かんだ。
自分とは考えの違う人とつきあうことで、これまでの自分の枠から一歩外に出て、
新たな世界と向き合うことができる。
もっと自由にものを考えることができる。

でもそれと同時に、いくら親しくなった相手とはいえ、自分以外の人の心で感じてはいけない。
あくまで自分自身の心で感じなくてはいけない、と思った。
それを突き詰めると、自分の魂と向き合うことに通じる。

上記の先生の言葉にある「幻影」というのは、魂と物質の間の強すぎる結び付きを指している。
魂が自分自身を忘れて、物質を自分だと思ってしまうことだ。

たとえば「私は日本人だ」「私は今○○歳だ」「私の名前は○○だ」というのが、
実際はほんとうではない、ということを知らずに、魂としてのアイデンティティを失ってしまうこと。

自分自身の心と向き合うことは、魂としてのアイデンティティを取り戻すための作業でもある。
よい「もの作り」はその過程で起こるから、実は「もの」という目に見える形で現れた精神修養の結晶なのだ。

そうやって作られた器や、デザインされた調理器具、育てられた野菜や米をつかって丁寧に料理をすれば、
その食べ物は神さまに捧げるのにふさわしい食べ物になる。
それがバクティヨガの入り口にある、「食べるヨガ」だ。

と私はヨガどころか正座もあまりできない人に教わった。
サンキールタンというのは互いに教え合うことだ。そしてサンキールタンの前提は、

1.  謙虚であること
2.  寛大、寛容、大らかであること
3.  周りの人を尊敬し、自分には尊敬を求めないこと

この3つだけ、日々の生活で大切にしていきたい。