もっと自由にものを見る目を育てる

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「もしかしたら」と考えてみてください。
何でも好きなこと、思いついたことを呟いてみてください。

もしかしたら、人間が滅びた後、次は猫の世界になるかもしれない。
もしかしたら、みんな空を飛んで通勤するようになるかもしれない。
もしかしたら、この宇宙はとある巨人の家の水槽の中にあるのかも。。

以上は私がひそかによく思うことです。笑

でも、実は知識というのは、常に変化しているものです。
Aという意見があれば、必ずBという反対意見があって、そこからCという新しい意見が生まれる。

生きている知識というのは、そうやって常に変化し続けています。
バクティヨーガではそんなふうに教えています。

知識のことを「ギャーナ」といい、哲学者はギャーナヨーガをします。
バクティヨーガでも、できる限り自分の頭で考えて、経典や先生から学びます。

バクティヨーガには、先生を讃える歌がたくさんありますが、
先生は無限大の可能性を見る目、ふつうの人の視点とは違うものを持っています。

「お客様は神様です」と言いますが、
縁があって出会った人は、みんな自分の先生で、神様なのかもしれません。

バクティヨーガでは、目に見えなかったり、ただの光に見える神性よりも、
目の前の先生を自分の神様と考えます。

そうしているうちに、だんだん見えてくるものがあるはずです。